キャンセルされない草間彌生の芸術
~人間の存在に迫る作品は時代の変化に負けない
2023年10月13日、草間彌生は、サンフランシスコ近代美術館での展覧会開催を前に、地元紙サンフランシスコ・クロニクル紙で謝罪の意を表明しました。
「私の本で攻撃的な言葉を使い、人々を傷つけたことを深く後悔しています」
これは何に対する謝罪でしょうか。
報道によれば、草間彌生が2003年に発表した自伝『無限の網』に、黒人に対する人種差別的な発言があったそうです。
たとえば、「外で黒人が銃で撃ち合い、ホームレスが野宿している」せいで、ニューヨークの自宅界隈の不動産価値が下落していると草間彌生は書いています。英訳版『無限の網』では、出版社の配慮でこの記述は削除されました。
草間彌生の記述は現代の視点からいえば人種差別的かもしれません。そして彼女の謝罪は、現代の価値観に合わせて自分の過ちを認めることの重要性を示しています。しかし、このことだけで草間彌生の芸術的業績を否定することはできません。
イギリスのメディア「アンハード」は、草間彌生の発言は、当時のニューヨークのアートシーンの競争や環境によって影響されたものであり、彼女の芸術とは別のものであると主張しています。
私たちは、草間彌生の謝罪を受け入れるとともに、彼女の芸術がそれとは別の次元で評価されることを忘れてはなりません。
2023年11月、政治的なアーティストとして知られるアイ・ウェイウェイが、ガザ地区におけるイスラエルとハマスとの戦闘行為について、イスラエルを揶揄するような投稿を自身のSNSにしたことから、ロンドンでの個展がキャンセルされてしまいました。アイは、イスラエルを批判したニューヨーク大学の2人の教授が停職に追い込まれたことにも触れて、「毛沢東政権下の文化大革命に似ている」と、自由な発言ができないことをなげいています。
また、パフォーマンスアーティストのローリー・アンダーソンは、2024年4月から1年間、ドイツのフォルクヴァング芸術大学の客員教授に就任する予定でしたが、2021年に、イスラエルによるパレスチナへの「アパルトヘイトに反対する公開書簡」に署名していたことを問題視されて、就任を辞退させられることになりました。ドイツはナチス政権時代にホロコーストでユダヤ人を迫害した過去があり、ユダヤ人及びイスラエルへの「攻撃」に対しては非常にナーバスなのです。
イギリスの現代美術雑誌『ArtReview』が、現代アート界で影響力のある100組を選ぶ「Power 100」の2023年版で1位となった写真家のナン・ゴールディンも、アート界において、パレスチナへの支持を表明した人物が解雇されたり、展覧会が中止されたり、作品の購入が取りやめられたりしている事態を批判しています。
人気アーティストの発言が社会に影響力を持つことは理解できますが、芸術的価値と政治的価値を分けて考えることも必要です。