高価買取ができる理由
ジャン・コクトーの多くの作品を販売しております。
そのため翠波画廊のお客様の中にはジャン・コクトーの作品をお探しの方が多くいらっしゃいます。
お客様から買取りさせていただいたジャン・コクトーの作品は翠波画廊にとって重要な仕入れです。
只今ジャン・コクトーの買取りを強化しております。査定は無料、メール、LINEでも承っておりますので、ぜひご相談ください。
買取の仕組み
セカンドマーケット(二次市場)で売り買いのできる美術品にはおおよその相場があります。
作品相場は専門業者だけが参加できる交換会(オークション)で需要と供給の関係によって決まります。
私たち美術商が売り買いする時の値段、業者が仕入れをする時の判断基準は交換会で取引された価格が基準となります。
創業35年の実績
創業以来、自社店舗にいらっしゃるお客様、取引のある全国の百貨店を通して数多くのアート作品を販売してまいりました。

翠波画廊 東京店
信用をなによりも大切に
海外の画家や鑑定家と直接連絡を取り、作品の真贋には細心の注意を払い、本物だけをお届けしてまいりました。

翠波画廊 大阪店
ご相談・査定無料
3つの約束
約束
1
小売りで培った、
まごころの接客
絵をお買い求めいただくお客様、絵をお売りになりたいお客様共にご満足いただけるよう、お客様第一で活動しております。
約束
2
長年の実績から
相場に基づいた適正な査定
年間1500点ほどの作品を販売していく中で同数の作品の仕入れを行っております。仕入れで養った相場観をいかして適正な査定価格を出させていただきます。
約束
3
大切にされてきた
作品を
次のお客様へと橋渡し
家で大切にされてこられた美術品を大切にしてくれる次のお客様へと橋渡しさせていただきます。
コクトー買取 一問一答

Q 売却した作品はその後どうなりますか?
作品は画廊として責任を持って買取り、状態を整えたうえで、
作品を大切にお飾りいただける次のオーナー様へとお繋ぎして参ります。
Q 個人情報は守られますか?
お客様の情報が外部に漏れることは一切ございません。
お買取りの際に作成する書類は社内で厳重に管理いたします。
(プライバシーポリシーはこちら>>)
Q 作品の詳細がわからなくても、査定できますか?
たとえ詳細がわからない作品でも、専門の査定スタッフが1点から丁寧に拝見します。
お客様と作品に誠意を持ち、常に画廊クオリティのご対応を心がけております。
Q売却の流れは?
1 作品のお写真、サイズ、鑑定書などの有無から買取査定額のご提案
2 査定額にご納得いただけた場合、郵送または東京銀座店にお持ち込みにて現品の拝見
3 査定額を決定し、改めてご納得いただけた場合は代金のお振込み
Qスムーズな査定のコツは?
作品写真に加え、
作家名、サイズ(額を除く、作品本体の見えている部分)、鑑定書の有無
をご教示ください。
版画ならサイン・エディションのアップ、
油絵・日本画ならサイン、可能ならシールや裏書き、作家によっては鑑定の有無
が大切です。
3つの安心
安心
1
ご相談、
お見積もりなど、
査定は無料
今の相場を知りたい、買取価格を知ってから売却を検討したい等、お気軽にご相談ください。ご相談は無料です。
安心
2
8日以内なら
キャンセル可能
(出張買取時)
8日以内でしたら、買取キャンセル、返品の対応をさせていただきます。(店頭買取の場合は対象となりません)
安心
3
個人情報保護
セキュリティ管理
翠波画廊では、しっかりとしたセキュリティ管理のもと、お客様の大切な個人情報の徹底管理を義務付けております。ご安心ください。
ジャン・コクトー 絵画買取の流れ
STEP1
無料査定お申込み

STEP2
査定結果のご連絡

STEP3
買取方法の選択

STEP4
お支払い

ご相談・査定無料
ジャン・コクトー 略歴
JEAN COCTEAU
| 1889年 | パリ郊外に生まれる。父ジョルジュには絵を描く趣味があった。 |
|---|---|
| 1898年 | 父ジョルジュがピストル自殺。中学校時代、図工の成績はよかった。 同級生のピエール・ダルジュロスは小説『恐るべき子供たち』のダルジュロスのモデルともいわれる。高校生時代には、学業には力を入れず、プルーストらと出会って文学に没頭するものの、大学受験に失敗し、進学を断念する。 |
| 1909年 | 自費にて最初の詩集「アラディンのランプ」を発表する。 ディアギレフのバレエ団を通じて、シャネルをはじめ多くの人と出会う。。 |
| 1914年 | ブラック、ドラン、グリス、モジリアーニとの繋がりが形成される。 |
| 1917年 | バレエ「パラード」をサティ、ピカソらと共同制作。 |
| 1918年 | のちに六人組と呼ばれるプーランクらの作曲家を集めたコンサートを開く。 |
| 1925年 | 素描の展覧会が初めてブリュッセルで開催される。 |
| 1929年 | 阿片の療養の中で小説『恐るべき子供たち』を執筆。 |
| 1930年 | サン=クルーでの解毒治療の間に制作された素描をおさめた「阿片」出版。 映画『詩人の血』を撮影。ヌーヴェル・バーグの先駆けとなる。以後「美女と野獣」、「双頭の鷲」、「オルフェ」などを撮影。 |
| 1949年 | レジオン・ドヌール勲章を与えられる。 |
| 1950年 | 画家としての制作を始める。サント・ソスピール荘の壁画を描く。 |
| 1963年 | ミィ・ラ・フォレで死去。病床で、親友でもあったエディット・ピアフの死を知り、その4時間後に亡くなった。 |
買取ジャンル
買取ジャンル一覧出張買取地域

作品の点数によっては、
出張買取も致しております。
北海道
青森県、岩手県、宮城県、秋田県、山形県、福島県
新潟県、富山県、石川県、福井県、山梨県、長野県、岐阜県、静岡県、愛知県
三重県、滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県、和歌山県
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